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不信は何から生まれるか。

 

不信は何から生まれるかという答えはいたって簡単、「信じる」ことである。

 

「教育不信」に関して、広田の考えを借りるのならば、それらは皆「教育に過剰に期待し過ぎている」のだ。

 

学校教育は子どもに対してあらゆる手ほどきができる、と信じ込んでいるからこそ、できないことに関して強く当たるのだ。さらに言うと、教育に対し不満が多い人ほど、教育に対しの期待が大きいのだ。

 

別に教育だけの話ではない。

 

「男性不信」とかその類もそう。

 

男性に対し理想を掲げ過ぎていて、「男」の本来の部分が見えた瞬間に「男性不信」だというようになる場合が多い。逆も然り。

 

そうか、ならば「信じるな」と言っているわけではない。

不信感や不満の出発点を見つめ直して欲しいという意図である。

 

あたかも前提のようにあるものが、実は一方的な「思い込み」ではないか。

相手に不平不満を嘆く前に、まずは自分を振り返るのも必要な作業ではないかと私は思う。

 

広田照幸『教育不信と教育依存の時代』紀伊国屋書店、2005