若者であるということは。

”犬でも豚でも牛でもみんな同じだが、子供の頃は遊ばせて貰える。北京料理仔豚の丸焼きに使われる仔豚は別だが。成獣の一歩手前で、選別があり、分類される。高校生もそうだ。高校生は、家畜への第一歩なのだ。”村上龍69 sixty nine』文春文庫、2014)

 

誰だって、オトナが差し出す道標に違和感を感じる頃があったのではないかな。

 

それでも、経験値が足りない自分に十分な反論の余地はなく、半分だけ承諾したうちに、自分の中に取り込んでいく。

 

歳を重ねていくうちに、その世界に馴染んでいき、その時の違和感すら感じなくなる。もしくは、無視したまま、無かったことのようになる。

 

反抗心を抱くことこそ、若者である特権であり、必要なことであるように思う。

 

ただひたすらに順従であるのは、扱いやすいかもしれない。

 

ただし、新しいものは何一つ生まれないし、社会の現状維持すら危うくなるだろう。

 

村上龍が多才な小説家に至った背景が、とても納得いく。

画一的な教育やシステムの中では、個性を持ったアーティストは生まれない。

 

当然のことだけれども、学校という大きい箱にいるうちは見えづらい。

 

次世代を担う若者、高校生なんかは気軽に手にとって欲しい一作。

 

 

個人的に、村上龍小説に期待した、身体がゾクゾクする感じは得られないなあと読み進めていたけれど。

実話と聞いて、かえって村上龍自体がもっと好きになったかな。