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物書きであるということ。

 

物書きであるということに権力は必要ないが、権威が帯びる可能性は孕んでいる。

 

大衆社会の、たった一個人が発信した情報が社会を震わせ、多大な影響をもたらす。

そこには、権力も教養も必要ない。

その情報一つが抜粋され、受け手もまた、拡散を促す。

 

一昔前ならば、物書きには権力も教養も必須であった。

国民識字率が不完全であるが故、当然のことであるが。

文学は上流社会の産物であり、近代化していく中での情報は、権威者のみ握っていた。

受け手は、知らずのうちにその権力に取り囲まれるわけであった。

 

だからといって、今が完全に自由で平等なわけではない。

 

ネット中の溢れんばかりの情報に惑わされ、一見大衆化したように見える。

けれど、受け手は無意識的に情報を選択し、わずかの情報量で欲求を満たしている。

自分の知りたいものだけを享受し、自分の知っている範疇の世界が完成する。

 

物書きは受け手の知りたいことだけを伝えるのが役目ではない。

 

大事なのは「気づき」を与えられるということだと思う。

読者の目にしたことない知らない世界を、想像を通じ伝えること。

 

発信者が意図した着地点にたどり着く必要はない。

受信者の中で、新たな道筋が生まれることに意義がある。

 

物書きには、個々人の世界に新たな芽をつける役目がある。

 

小さくても良いし、少なくても良い。

 

 

 

数年間閉鎖していたブログ更新、再始動。