地球の怒り。

ここ数日の天気の荒れ、環境の荒れはもっぱらタダ事ではない。

 

私は京都に住んでいるのだが、突発的に地震が襲い、落ち着いたと思ったら大雨で休む間もなく警報が鳴り響き、今日は気象災害と呼ばれるほどの猛暑。

朝からニュースを眺めていると、「被災地」「ボランティア」というワードが溢れている。ああそうか、毎日繰り返しの日常を過ごしているだけの場所が、その一瞬で「被災地」となってしまう…

広島、岡山では今度はボランティアに来た人たちが熱中症にならないようにと、対策が呼びかけられているようだ。こんな時にでも、もちろん私は全く無力だ、使い物になれはしない。ましてや、善意で尽力できる人たちもまた、その手を阻むような状況である。何とも、厳しい仕打ちだ。

 

資本主義が正義の座を勝ち取り、人類は経済成長の為に自然を、環境を、散々に食い物にしてきた。ついに、その反逆が一気に人類を襲っているのではないのだろうか。地球の怒りであり、嘆き、悲鳴のようだ。

一先進国日本に住んでいる人間としては、そのようなことを感じせざるを得ない近年の悲惨な事態である。

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一日を終わらせることもできないし、始めることもできない。

わたしだけが時間が機能しない世界に疎外されてしまった

わたしだけが取り残された

静かな場所で

 

口元で小さく呟いた言葉さえ響いてしまうから

誰もいないことがよくわかってしまう

 

わたしは何事もなかったかのように

静かに朝の訪れを待っているだけ

 

わたしは現実の世界に身を置きながら

何もない世界を秘密にして

何事もなかったかのように

 

わたしを置いてった人たちの背中を静かに見つめている

かわらないもの、かえられないもの

彼女が亡くなってからの私は、自分が見えている世界と自分が生きていることに対して自明性を失っていた。自宅に篭り続け、ただ時間が経って1日が終えるのを待っていたようだった。人が眠るべき時間に寝れなくなり、夜更かし、さらに長引き朝になってようやっと少し仮眠をとって、昼前に目覚め、またぼんやりと夕方と夜を迎え、何にもない時間の経過を追っていた。外が暗い時間はだいたい目に涙が浮かぶし、思考も回らなかった。部屋が散らかるようなこともしないし、また、片付けようともしない。時間の経過に取り残された私がいた。

ただ、「私以外」の「私の役割」は変わらず機能している。大学に出向けば「大久保さん」だし、学校の仕事に入れば「先生」であるし、りぼんに行ってお店に出れば「りぼんのはるかちゃん」だし、両親に顔を合わせれば、「一人娘の遥」であるし…友人として、恋人として、先輩後輩として…そこぞこの役割が与えられている限り、そのような大久保遥として生かされ続けている。そして、これは大変にありがたいことであった。おかげで、今日も変わらずに社会は動き続けているんだってことが、とてもよく分かった。そう、何があろうと何を思おうと、泣こうが笑おうが喚こうが、当たり前の顔して世界は動いている。

 

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かくれんぼ

 

わたしは小っちゃい頃、かくれんぼがとてつもなく得意だった。お友達みんな見つかって、見つかった子達のみんなでわたしを探しても、最後までわたしは見つからなかった。わたしはいつもおとなしく待っている。ほんの隙間から、真っ白い壁を見つめながら、じっとしている。わたしは見つけて欲しいのか、見つかりたくないのか、本当はよく分からない。でも最後の最後まで、自分からはでていかない。わたしはただひたすらに、オニに見つけてもらうのを待っている。わたしはきっと、見つからないために隠れているのじゃなくて、見つけてもらうために隠れている。でもわたしは本当に上手に隠れることができてしまう。誰もわたしを最初にはみつけることができない。

オトナになったわたしはあの頃のわたしよりも、もっとその腕を上げた。オニは、わたしが隠れているのかさえ気づかないことだってある。わたしは実に巧妙に、分かりづらく隠れることができるようになった。今でも、わたしを見つけて欲しいのか、隠しておきたいのかよく分からない。でも最後の最後まで、自分からはでていかない。わたしはただひたすらに、オニに見つけてもらうのを待っている。わたしはきっと、見つからないために隠れているのじゃなくて、見つけてもらうために隠れている。でもわたしは本当に上手に隠れることができてしまう。誰もわたしを最初にはみつけることができない。

わたしが長い間隠れているあいだに、オニもその腕を上げた。わたしはもう、オニが誰なのかを知らない。わたしには見えなくなってしまった。或いは、わたしはまだオニに出会ったことがないのかもしれない。わたしのオニはそこら中にたくさんいて、うじゃじゃさまよい歩いていることだけは、わたしには分かる。でも、ほとんどがオニでいることを辞めてしまう。或いは、降参を表明してわたしにもういい加減にでておいでって声をかけてくれる。でも最後の最後まで、自分からは出ていかない。わたしは今でもただひたすらに、オニに見つけてもらうのを待っている。本物のオニにね。

みさきへ

平成29年12月29日。私は京都から北海道の実家に帰省しており、その夜は長年の友人と久しぶりの再会の予定であった。しかし、その友人はその昼間に突如この世を去ってしまった。まるで私の帰りを待っていたかのようなタイミングであった。翌日からもう早速にお通夜・お葬式と続いた。私は告別式でのお手紙を頼まれていたが、到底書ききれる状態ではなかった。何か書こうとあれこれ思い出すと涙は止まらなくなるし、でも最後の役目は何としてでも果たしたいし…その葛藤の中でやっと書き出したものである。言葉は拙く、こんな限りで到底言い尽くせないことばかりであるが、私自身の忘れたくない記録としてここに残しておこうと思う。

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